2020年4月に一橋大学大学院のMBAに入り、約1年間が経過しました。2020年はコロナの影響で1年間ずっとリモート授業と対面授業の併用でした。リモート授業も混ざっていたので通常期間のMBAとは異なる部分も多いですが、本稿では1年間MBAに通った感想や、身に付いた知見などを言ってみようと思います
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①MBAは「本質を考える力」を養成するところ
MBAと聞くと、経営に必要な知識や経営分析のスキルを学ぶところを想像されると思います。
しかし、実際に1年間MBAに通った感想としては、「経営の知見は学べるが、より重要なのは本質を見抜く力を高めること」だと感じました。マーケティング4P'sや有名なファイブ・フォース・モデルなどのフレームワークを用いた分析は、確かに経営分析の役に立つものの、それだけでは経営を見抜くことは出来ないのです。
経営改革がなぜ成功/失敗したのかを見抜くには、フレームワークを用いた状況整理に加えて、成功/失敗の背景にある「原因」を正しく捉える必要があります。この「原因」は、フレームワークや既知の手法を活用すれば確実に捉えられるというものではないのです。自分の頭を使って1つ1つ丁寧に考察する必要があります。
MBAでは、経営戦略や財務会計、ファイナンスの授業の中で様々なケースディスカッションやグループワークを行い、ある企業の経営そのものや事業戦略、さらには資金調達等の施策がなぜ成功/失敗したのかを、各自が考え抜き、それをレポートや発表の形式でまとめます。
この過程で、成功/失敗の要因を正しく捉える「眼」を鍛えようというのが、MBAで学べることだと思います。実際に、筆者を含めた周りの同級生も、経営の知見よりも本質的に見抜く力を養成できた、と言っている方が多いです。
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②MBAは「正しく伝える力」を養成するところ
(1)「正しく伝えるスキル」は希少である
MBAで学習すべき最も重要な点は、「本質を見抜く力」だと言えます。しかし、ビジネスの世界では伝達事項を”正確に”、”抜け漏れなく”伝える力が重要であり、MBAではこの力を鍛えることが出来ます。
このように書くと、読者の皆さんは「文章や発表で正しく伝えることなんて簡単でしょ」と思う方が多いと思いますが、現実には物事を正確に抜け漏れなく伝えられる人間は非常に少ないです。
伝達事項が簡単な場合には何の苦労もありませんが、経営策定の会議や、事業上で重要な商品の開発会議など、議論が広く深く盛り上がっていくような場面ではそうでもありません。内容が複雑になり、把握する幅が広くなればなるほど、自分の意見を相手に正しく理解してもらうことは極めて難しくなります。
実際に、意欲にあふれているMBA生達ですら、発表で先生たちにグループの意見を正しく抜け漏れなく、時間内に内容を伝えることは難しいです。多くのビジネスパーソンは、知らず知らずのうちにこのような事態に陥ってはいないでしょうか?
(2)MBAでは「伝えること」も考え抜く
伝達スキルを磨くには、とにかく「正しく伝える」ための練習を行う必要があります。MBAでは、(時には数十枚に渡る)レポートや論文の執筆や、タイトな制限時間の中で膨大な量の内容を発表する訓練を通じて、正しく抜け漏れなく伝えるためのスキルを磨きます。
つまり、MBAでは分析対象である経営戦略や事業戦略について考え抜くだけではなく、それを「伝える過程」についても最も効率的な方法を毎回考え抜く必要があります。このように、アウトプットの作成から発表までの過程のすべてで「考え抜く」という作業が発生するため、MBAは思考の訓練場の様相を呈しています。
内容を練り上げ、さらには伝達方法までも練り上げられた発表というものは、MBA生達だけではなく先生方にとっても学びの多い発表となります。聞いているだけの聴衆も、かなり聞き入ってしまうレベルの発表が多いのがMBAの特徴です。
授業だけではなく、同級生のレポートや発表から大きな学びが得られるというのは、大学では通常経験できないことだと思います。これがMBAの付加価値の1つと言えるでしょう。
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③MBAはビジネスを深く理解するところ
③にしてやっとMBAっぽい見出しです。MBAに通ったメリットは、もちろんビジネスを深く理解できるようになったことです。
まず、MBAで学ぶ内容は多岐に渡ります。一橋MBAで必修の授業は、経営戦略や財務会計、企業財務(ファイナンス)などです。この他にも、経営組織論や企業データ分析論、証券分析(ポートフォリオ理論)、管理会計(原価計算)、M&Aの理論と実務など、非常に多彩なラインナップが存在します。
ビジネスを形成する事項について広く(若干浅めに)学ぶことが出来るので、自社や競合他社のビジネスを深く理解することが出来ます。
経営戦略論の例を引き合いに出すと、自社のビジネスがなぜ儲かっているのか、その競争優位性の源泉はどこにあるのか、将来的にどのような参入障壁を築くことが必要になるのか、などの非常に実践的な示唆を得られます。また、バリューチェーンの概念を活用することで、自社と取引先企業のパワーバランスについて考察し、それをどう変えることが出来るのか、といった点まで分析が可能になります。
ファイナンス系の授業では、企業にとって望ましい資金調達の方法や、コーポレートガバナンスの在り方、ステークホルダーの考え方など、現代の企業経営に必要な環境整備の方法を学ぶことが出来るでしょう。これらは、MBAを卒業したずっと後に、経営層として活躍するときに発揮される知識だと思います。
ここでは書ききれませんでしたが、MBAでは当然ビジネス環境について幅広い学習を行うことが出来ます。これらが直接自分の仕事に結びつくことは稀と言えますが、将来的に経営層に上り詰めた場合や自分で起業する場合には、経営に関する知識が必須となるため、他の人に差を付けられると考えられます。
④MBAは信頼できる仲間を作るところ
MBAに通う大きなメリットの1つが、何でも相談できる仲間が出来る点です。フルタイムのMBAであれば、2年間を一緒に過ごすことになるため、当然強い絆のようなものも生まれます。
MBAで出来る学友たちと大学の友達の違いは、「ビジネスの難しい話題でも話せるところ」です。MBAには通常、一般入試にしろ企業派遣にしろ、意欲が高いと共に思考力に優れた若者が集います。つまり、大学の友人たちとは出来ないような、経済や経営に関する高度な会話を行うことが可能です。
例えば、RIZAPは企業価値に対して買収価額の低い、つまり割安なM&Aを繰り返し、それらの企業を再生させるというビジネスモデルで成長してきた会社です。近年、RIZAPは大幅な赤字修正を行ったことで有名になりましたが、これは買収した企業の数が非常に多くなってしまい、企業再生を扱いきれなくなったことが要因です。
割安なM&Aによって、買収価額と被買収企業の純資産額の差である「のれん」は、利益としてRIZAPのB/Sに計上されることになります。これによって、RIZAPは成長しているように見えたのですが、企業再生に失敗したことで赤字転落という結末に陥ってしまったようです。
このように、ビジネスモデルと会計の話を繋げたような話は興味深いものですが、なかなか一般的な知識レベルだと話しづらい内容です。MBA生同士であれば、議論の中で(あるいは飲み屋の雑談の中で)熱いトークを交わすことで、経営の成功/失敗要因について示唆を得られてしまいます。
筆者が実際にMBAに通った感想としては、「自分の中でモヤモヤしている部分を他のMBA生が解決してくれる」というものでした。自分でも言葉にしきれない意見をモヤモヤしたまま伝えると、同級生が見事にそれを翻訳してくれるのです。思考力が高く、信頼のおける仲間が出来るという点は、MBAの素晴らしいメリットの1つだと思います。
まとめ
私は、①本質を見抜く力の養成、②伝える力の養成、③ビジネスの深い理解、④信頼できる仲間の4点がMBAで得られるメリットだと考えています。
MBAはケースディスカッションや授業によって、ただ単に経営分析のスキルを身に付ける場所ではなく、経営の本質的要因を考え抜く場所です。MBAに通ったからと言って、すぐに経営者に慣れるスキルが身に付くわけではありませんが、将来的に自分の土台を作るような場所、それがMBAです。