本稿では、収益力の高いビジネスモデルについて、その本質を経営戦略の観点から解説していきます。
筆者は、MBAにて経営戦略と会計を中心に学びました。そこでの学びでは、すべての強いビジネスモデル、あるいは持続力の高いビジネスモデルには、本質的な共通点があることが分かりました。
ネット上には、経営戦略やビジネスモデルについて解説された記事が散見されますが、本質を捉えたものは少ないです。この原因は、経営戦略をきちんと学んでいないビジネスパーソンが、自らの経験によって記事作成を行うためでしょう。
これに対し、本稿は学術的知見に基づいた根拠のある記述を行っています。今までに経営戦略を学んでこなかった人はもちろん、体系的な理解があやふやという方は、本稿で優れたビジネスモデルの本質が捉えられると思います。
目次
STEP0:経営戦略的な思考のテスト
本題に入る前に、どれくらい経営戦略的な思考に慣れているかを試してみましょう。あくまでも「慣れ」の問題ですので、出来なくても能力的に劣っているということではありません。気軽に試してみてください。
- GAFAなどのプラットフォーマーはなぜ収益性が高いのか。
- 外注フリーランスは、なぜ高年収になることが難しいのか。
- 自社はなぜ収益を上げられているのか。
- 持続可能なビジネスモデルに必要な条件とは何か
(1)~(4)では、シンプルかつ本質を捉えた投げかけをしました。すべて明確に答えられた方は戦略思考に慣れているはずです。問いへの答えは、以下のSTEPで解き明かしていきます。
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STEP1:本質的なロジックを理解しないと、収益性を高めることは出来ない
そもそも、「優れたビジネスモデル」とは、収益性やそれを継続する持続性が高いモデルのことです。そこで、モデルの収益性を決定づける要因を考察してみます。ここでは、収益性の指標を「利益(額)」として考察を進めます。利益の構造式は以下のようになります。
利益=売上ー費用=(客数×単価)-(変動費用+固定費用)
単純に考えれば、売上を増加させて費用を減少させれば、利益額はどんどん増加していきます。それらの目標を達成するためには、客数や単価を上昇させ、変動費用や固定費用を抑えるといった施策が有効になるでしょう。ここでは、利益の増大という目標に達するための一連の施策を「戦略」と呼んでおきます。
しかし、売上と費用に同時にアプローチをかける戦略は、本当に有効なのでしょうか。本稿では、マイケル・E・ポーター氏によるU字型曲線からこの施策を見直してみましょう。
図1には、コスト・リーダーシップ戦略と、差別化戦略による、投資収益率の差異を表しました。コスト・リーダーシップ戦略とは、市場シェアが高い場合に規模の経済を用いてコストを下げる戦略であり、差別化戦略とは、競合他社の製品に比べて自社の製品に別の付加価値をつける戦略のことです。
コストリーダーシップ戦略では、商品の価格が低いことを規模の経済でカバーしています。安売りで大量販売することにより、大きな利益を獲得しているのです。これに対し、差別化戦略では消費者にとって有益な付加価値が存在するため、商品が高価格になっても販売を継続することが出来ます。
この2つの戦略を見ると、一番良さそうなのは2つの戦略を両立することです。高価格をつけ、さらに規模の経済でガンガン売るという作戦なら、どちらの戦略の強みも活かすことが出来そうです。
しかし、図を見て分かるように、2つの戦略の中間点を取ると投資収益率が下がっています。ここでの投資収益率は、本稿における利益と同等の指標と見なせるため、価格を上げて規模の大量販売する、という方針を成し遂げることは難しいことになります。STEP1の冒頭に立ち返れば、単価を上げてかつ客数の増加を見込む施策は、有効ではないという結論が得られます。
ただし、ポーター氏のU字型曲線の是非については、様々な専門家による議論が交わされています。実際に、2つの戦略を両立したようなビジネスモデルも見られるので、この議論はすべてに当てはまる訳ではありません。
しかし、本稿が主張したいのは、価格を上げて客数も増加させることの是非ではありません。むしろ重要なのは、売上を増加させる根本的な要因は何なのかという点です。ここまでの議論は、すべて表面的なものにすぎません。それにも関わらず、多くのビジネス書ではこのような式を基に、売上増加の施策について言及しているものがあります。
以降の章では、このような表面的議論の先にある、より本質的な収益性の決定要因を明らかにします。
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STEP2:自社が取引相手にとって必要であるほど、自社の収益性が高まる
必要性が最も重要である
さて、企業の収益性(競争優位)を決める要因は2つあります。それは、「必要性」と「代替性」です。まずは必要性について詳しく議論します。
優れたビジネスモデルを策定する上で最も重要なのは、必要性です。必要性とは、「取引相手が自社の製品・サービスを欲しがる程度」のことを指しています。取引相手は、自分たちの抱える課題を解決するために、自社の製品やサービスを購入します。つまり、自社の製品・サービスが解決できる課題が大きければ大きいほど、取引相手は自社と取引を行いやすくなります。
いま、読者の皆さんが広大な砂漠に投げ出されたとしましょう。何も持っていない状態なので、すぐに喉が渇いてきます。もうすぐ干からびてしまいそうだ、という状況で、たまたま通りかかった行商人に水を差し出されました。水は一杯1000円です。
さあ、みなさんは水を買うでしょうか。筆者ならば迷いなく購入するでしょう。なぜなら、街中であれば信じられない価格であるものの、砂漠では水を得る手段がないので、1,000円でも水を買わないと倒れてしまうからです。このように、相手にとって大きい課題を解決できれば、自分は大きな利益を上げることが出来ます。
この課題解決をどう行うかという点では、マーケターの腕が問われることになるでしょう。課題解決の方法が魅力的であるほど消費者は製品を購入しやすくなるため、自社は製品の価格を吊り上げることが可能になります。砂漠の例で言えば、「この辺りだとオアシスもないし、私しか行商人がいませんよ?」などと言えば、たとえ10万円でも水が売れるかもしれません。
以下では図2を用いて、以上の議論を経済学と競争戦略の観点から企業行動に当てはめていきます。
具体例:ヨットの手配量をいくらにする?①
図2の話はこのようなものです。いま、Aという通行人と、Bというヨット管理者が川を挟んで立っています。通行人は、川の向こうまでお金を運ぶと1,000万円が得られます。しかし、通行人は皮を泳いで渡ることはできないため、ヨット管理者を頼らないと1円すらも手に入れることは出来ません。
それに対してヨット管理者は、自分の言い値でヨットの手配料を取ることが出来ます。通行人に手配料の提案を断られた場合は、ヨット管理者の利益は0円になります。
例えば、ヨット管理者が500万円を渡せと言ったなら、通行人は持っている1,000万のうち500万円を渡す必要があります。この場合には、通行人が川を渡ったとしても得られるお金が500万円に減ってしまいます。ヨット管理者の利益は言い値の500万円になります。
さて、ここで問題です。ヨット以外の通行手段がないと仮定した場合、読者のみなさんがヨット管理者の立場なら、ヨットの手配料をいくらに設定しますか。筆者がヨット管理者の立場ならば、強気に900万円を設定すると思います。この理由をベースに、競争優位性の議論を進めましょう。
通行人が合理的な人であるならば、1万円でも得になれば、川を渡るはずです(0円のときは渡らないと仮定しましょう)。ヨット管理者がどれほど高額な手配料を指定しようが、通行人にとっては関係がありません。なぜなら、川を渡らないと利益は0円で確定してしまうからです。0円になるくらいならばと、高額な手配料を支払ってでも、川を渡って僅かな利益を取りに行くということですね。
したがって、経済的には999万円の手配料を設定するのが、ヨット管理者にとっては望ましいと言えそうです。
しかし、筆者はここに少し心理的な側面を取り入れてみました。もし読者の皆さんが、999万円を渡せと言われたらどうでしょうか。せっかく1,000万円をもらえるチャンスがあるのに、そんな暴利をつける人に999万円を渡すくらいなら、川を渡れば貰える1万円を損してでも、ヨット管理者の利益を0円にしてやろうという気持ちになりませんか。
このような敵対行動は、古典的経済学に心理学の要素を取り入れた行動経済学で提案されています。実際の実験でも、被験者の片方が一方的にお金の配分を決められる状況では、自分の利益を減らしてでも、相手の利益を0にしてやろうという敵対行動が見られています。
以上の心理的要因を取り入れた結果、著者はギリギリ許容してくれそう(?)な900万円を設定したというわけです。
高い必要性が収益性を高めるロジック
さて、読者の皆さんは手配料をいくらに設定したでしょうか。経済学的に見れば、500万円以上を設定出来たなら「正解」とは言えそうです。
しかし本稿の趣旨は、以上の経済学的アプローチの背後にある、収益性のパワーバランスを解き明かすことです。すなわち、ヨット管理者が高収益を獲得できる背景には、ヨット管理者のビジネスモデルが優れているという理由が存在するのです。
ここまでの議論で分かるように、ヨット管理者が持つビジネスモデルの強みは、通行人のボトルネックを握っていることです。通行人のボトルネックとは、「川を渡りたいが、自力では川を渡れない」というものです。
通行人にとっての課題に対し、ヨット管理者は「ヨットを手配する」というソリューションを提供することで、通行人のボトルネックを解決しているのです。言い換えれば、ヨット管理者のビジネスモデル(ヨットの手配事業)は、事業としての必要性を有しています。それが通行人とヨット管理者のパワーバランス、ひいては両者の収益性を決定しているのです。
この問題を企業に置き換えると、相手のボトルネックを握った企業は相対的なパワーが強まり、取引相手に対して競争優位性を発揮することが出来ます。
これは自社が買い手側の立場でも同じ条件が当てはまります。自社が強力な販売会社である場合、自社は仕入れ先を自由に選べますが、売り手の業者は大口顧客である自社への販売額によって生計を立てているため、自社が製品を購入してくれないと経営を持続できません。
そうなると、売り手は自社からの価格交渉に応じざるを得ないため、自社は価格を抑えて商品を仕入れることが出来るのです。仕入れが安くなれば、結果的に利益(収益性)は高まります。
以上の議論から、企業の収益性を高めるには、相手のボトルネックを握る(=製品やサービスの必要性を高める)ことが重要になります。
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STEP3:自社の製品・サービスは競合企業に代替されないか?
そもそも競合企業とは何か
代替性の議論に入る前に、「競合企業」の定義を改めておきましょう。普段のビジネスシーンで競合企業という言葉を聞けば、みなさんは同じ業界に属する企業や、同じ事業を営む企業を想像すると思います。しかし、事業戦略の観点からすると、競合企業という言葉は広い意味を持つことがあります。
例えば、読者のみなさんが時計屋さんの店主だったとしましょう。時計屋の競合企業として考えられるのは、どのような企業でしょうか。パッと思いつく所だと、他の時計屋さんやアクセサリーショップでしょうか。特に、自社と同じ価格帯の時計屋はライバルになりそうです。
しかし、時計という製品が持つ本質的な機能から考えると、iPhoneを売るAppleや他の携帯電話会社、パソコンメーカー、さらには時計機能を有した製品を販売するあらゆる企業までが、競合となり得るのです。これらは極端な例であるものの、時計の本質的価値に注目すると、意外な企業が競合として浮かび上がってきます。
実際に、携帯電話(ガラケー)が発売された当初は、時計の販売台数が落ちるという現象が起きました。現代では、ビジネスパーソンであっても時計を持ち歩かない人を良く見かけます。これは、時計機能を有するiPhoneなどのスマートフォンが浸透したからです。
このように、競合の存在を狭義で捉えたままだと、思わぬ失敗を引き起こす可能性があります。競合企業の捉え方を間違えたところで、悪影響が出ることは稀でしょう。しかし、知らぬ間に自社のシェアを奪われてしまっては元も子もありません。「競合企業を出し抜くぞ!」と息巻くような雰囲気の時には、一度「自社にとっての競合とは何か?」という原点に立ち返ることが重要です。
したがって以下では、競合企業の定義を「自社製品と同じ本質的機能を有した製品を販売する企業」として議論を進めます。
代替性を低下させることで収益性が高まるロジック
競合企業の概念を整理したところで、代替性の議論に移ります。ここでいう代替性とは、「自社の取引相手が、自社以外と同様の取引を行える容易さ」のことを指しています。
必要性の条件が満たされているとすると、自社以外にその製品やサービスを提供できる企業が存在しなければ、自社は高い収益性を獲得することが出来ます。代替性(と必要性)に上手くアプローチできれば、取引相手を自社に依存させられるということです。
逆に、自社と同等の付加価値を提供できる競合企業が多くなればなるほど、取引相手は自社の製品・サービスにこだわる必要がなくなり、自社の競争優位性が低下します。ここでの競合企業はもちろん、本質的な価値が同等な製品やサービスを提供する企業のことです。
ここまでは自社が売り手側の議論でしたので、自社が買い手の場合も検討してみます。自社が販売会社等の買い手である場合、自社は製品の供給業者に対する大口顧客となることで、その収益性を高められます。なぜなら、供給業者である売り手サイドでは、大口顧客である自社に製品を売ることが出来ないと、利益の大半を失うからです。
供給業者は、自社以外に製品を売ったところで大した販売額を得られないので、やはり自社と取引を行いたくなるでしょう。このように、自社が買い手である場合にも、代替性の低下(自社以外との取引を防ぐこと)によって収益性を高めることは可能です。
以上から、自社が買い手であっても売り手であっても、代替性へのアプローチによって競争優位性を獲得することが出来ます。次は、図3のヨット問題を用いて代替性の効果を企業行動でも確認してみます。
具体例:ヨットの手配料をいくらにする?②
図3では、川渡りビジネスを行う競合企業が増えました。ヘリ管理者の登場です。ヘリ管理者は、通行人に対して次のように言っています。「私は800万円でヘリを飛ばすよ。どうだい、乗っていくかい?」
さて、ヨット管理者である読者の皆さんは、ヨットの手配料をいくらに設定するでしょうか。今一度設定を思い出すと、通行人は川を渡れば1,000万円を獲得できるものの、自分自身で川を渡ることは出来ません。これに対し、ヨット管理者は手配料を自由に設定できて、通行人の1,000万円から手配料を徴収できます。通行人は川を渡らないという選択も出来ますが、その場合は利益が0円になります。
先述した経済学のアプローチを用いれば、ヨット管理者の利益を最大化させる手配料は、799万円になります。なぜなら、ヘリ管理者の提示する手配料が800万円であるため、800万円以上の手配料を付ければ、通行人はヘリ管理者を選んでしまうからです(ヨットの手配料が800万円のときは、通行人がヘリを手配すると仮定した)。
このように、ヘリ管理者がいない場合には、通行人の所持する1,000万円をほぼ全て獲得できたのに対し、ヘリ管理者がいる場合にはその利益額が減ってしまいました。
ここまでの議論で明らかなように、ヘリ管理者の登場によってヨット管理者が有するサービスの代替性が高まり、結果としてヨット管理者の収益性が低下してしまったのです。自社と同じ事業を営む競合企業の存在は、自社の収益性に大きな影響を与えます。その理由は、取引相手が自社以外にも取引の選択肢を広げられるためです。
代替性が高まってしまう要因とは
自社の代替性が高まってしまう要因は、競合企業が同じ製品やサービスを提供することです。経済学的には、全く同等の製品・サービスが存在すれば、最終的にその価格は横並びになり、供給業者間で利益を等分するようになります。ここで、自社の収益性が低下してしまうのです。ヨット管理者の問題でも、合理的にはヨットの手配料が799万円になり、ヘリの手配料とほぼ同じになりましたよね。
「価格が横並びになったとしても、自社製品の価格を上下させれば良いはず」と考えた読者の方は、一歩進んだ視点を持っていると思います。
しかし、自社だけが価格を上げた場合、取引相手は別の業者と取引を行いますし、自社が価格を下げれば競合企業も価格を下げるため、企業間で価格戦争が起こります。つまり、自社だけが価格を上下させたところで、最終的には自社の収益性は低下してしまうのです。このように、有力な競合企業が登場すれば自社の代替性は必然的に高まり、その収益性も低下します。
競合企業の登場以外にも、取引相手が課題を自力で解決した場合には、自社の代替性が高まります。先述した砂漠の例で言えば、広大な砂漠の中で出会った行商人が「水を1,000円で売るよ」といったところで、買い手自身がオアシスを見つけてしまえば、わざわざ行商人に対価を支払う必要はなくなります。この場合、行商人の代替性が高まったことで、行商人の収益性が低下したのです。
STEP4:ビジネスモデルの収益性を高めるには
以上のように、ビジネスモデルの収益性を高めるには、製品やサービスの必要性を高め、代替性を低下させる必要があります。
この2つの要因にアプローチが出来ると、取引相手を自社に依存させられるようになります。その依存度が高ければ高いほど、自社の収益性は高まるのです。ビジネスモデルを策定する場合には、必要性と代替性を根本的な柱として、モデルを組んでいくべきでしょう。
ふつう、ビジネスモデルというと、「顧客に好まれる内装」や「ユーザー間で影響を与え合う」、「SNSとの連携が強い」、「ユーザー数が多いほどに利益が高まる」といった要因が考察されます。しかし、これらは必要性と代替性を満たしたうえでの議論です。
ビジネスモデルの策定に当たって、以上のような具体例から入るのは得策ではありません。それよりもむしろ、「自社の事業は取引相手のどんなボトルネックを握っているのか」、「競合企業は自社の事業を真似しやすいのか。真似しやすいならば、なぜ真似しやすいのか」、「その原因を作り出している経営資源は何で、自社以外も有しているものか」などを議論する方が有益です。
このように、必要性と代替性という本質的な収益要因を考察することで、堅牢なビジネスモデルを作ることが出来ます。2つの要因に対するアプローチでは、経営者やマーケターの手腕が問われます。
必要性を高めるためには、消費者や業者といった取引相手が、何を求めているのかを分析する必要があります。取引相手のボトルネック(ニーズ)を発掘し、それを解消するための方策を事業として表現するのです。
代替性を低下させるには、参入障壁を築くことが基本になります。参入障壁の種類は様々です。例えば、自社に資金力がある場合なら、規模の経済を用いて安価で大量販売を行うことが有効になります。そうではない場合は、製品差別化戦略が有効な手段となるでしょう。
顧客に好まれる内装やユーザー数に関連する討議は、上記が終わってからの話です。本質的な要因を考慮しないまま上澄みの戦略だけを議論しても、それは時間の無駄になってしまいます。逆に、必要性と代替性を満たした上であれば、それらの議論は他社を出し抜く有益な材料になるでしょう。